1.　スウェーデンボルグの「霊界の太陽」

　１９世紀に勃興したスピリチュアリズムによって、霊界の様子が少しずつ明らかにされて行きました。もたらされた情報は様々でしたが、これは霊域によって事情が異なるためで、霊の方が意図的に嘘をついている訳ではありません。地上でもお国振りは種々雑多ですから、情報が統一されている方が不自然と言うべきでしょう。

スウェーデンボルグは（1688年- 1772年）は、スウェーデンのバルト帝国出身の科学者・政治家・神秘主義思想家で、晩年に膨大な霊界関係の著述を残したことで有名になりました。1745年に霊的体験が始まり、以後神秘主義的な著作を当初匿名で、続いて本名で多量に出版しました。天使に導かれて脱魂状態で霊界を探訪し、肉体に戻ってきた後にその時の様子を書き記しました。後にアメリカで興起したスピリチュアリズムの先駆的存在と見なされています。スウェーデンボルグの特徴は、「霊界の太陽」の存在を強調していることです。「霊界の太陽」の存在はあちこちで言及されていますが、最もよく知られている『天界と地獄』の中の記述を見てみることにしましょう。スウェーデンボルグは次のように述べています。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　「117　天界には、この世の太陽も、太陽を起源に生産されるものも、姿を見せません。　しかし、太陽も、光も、熱も存在し、この世にある万物以上の無数のものが存在しています。ただし、これらは別の起源からです。この世にあるものは、自然的なものですが、天界にあるものは霊的なものです。

　「主」はイエス・キリストのことで、霊界ではイエスが太陽として現れているというのです。「霊界の太陽」は、地上で見られる太陽とは別ですが、スウェーデンボルグの言う「相応の理」によりつながっています。つまりこの世の太陽は「霊界の太陽」の影に当るのです。地上の太陽は影に過ぎませんから、こんなものは拝むべきではなく、「霊界の太陽」こそ信仰の対象とすべきというのがスウェーデンボルグの考えです。

　地上の太陽は「霊界の太陽」に較べれば暗黒そのもので、「この世の太陽のある暗黒のほうに顔をむける者は、背後に地獄をひかえており、『悪鬼 genii』と呼ばれています」とスウェーデンボルグは同書で述べています。これに従えば我国や世界各地で行われてきた太陽信仰は、みな悪鬼の仕業ということになります。

　スウェーデンボルグは熱心なキリスト教徒でしたから、イエスを崇拝する余りこのような見方をするに至ったようですが、実情はもっと複雑です。スウェーデンボルグは、「霊界の太陽」と共に「霊界の月」についても述べています。後者は余り知られていませんが、実はこの「霊界の月」に問題を解く鍵があります。

　　　「118　……主が太陽としてお現われになるのは、天界のなかではなく、天界よりはるか高いところです。しかも頭上の天頂でなく、中天の高さで、天使たちの面前に、お現われになります。それも二箇所に、つまり、右目の前方と、左目の前方で、おたがいに相当にはなれたところです。　

　　　　右目の前方には、この世の太陽とよく似た大きさで、燃える太陽に見えますが、左目の前方では、太陽ではなく、月として現われています。われわれの世界にある月とおなじ大きさと明るさに見えますが、もっときらめいていて、しかも同じくらいの明るさと輝きをもつ、多数の小さな月で囲まれています。

　　　　このように、主が二つの箇所でちがったふうに現われるのは、主を受けいれる者の状態によります。主を〈愛の善〉でうけいれる場合と、主を〈信仰の善〉でうけいれる場合のちがいです。……」

　スウェーデンボルグは、あの世を三つの世界に分けています。上から「天界」「霊界」「地獄界」で、それぞれが更に三つに分れています。人間は死ぬと誰でも「精霊界」に行くとされていますが、ここは暫定的な場所で、最終的にこの三つの世界のどこかに落ち着くわけです。この中で、「天界」の住人は主を〈愛の善〉で受け入れ、「霊界」の住人は〈信仰の善〉で受け入れるとされています。この差が「霊界の太陽」と「霊界の月」として現れるのです。同じ存在が霊域によって違って見えるわけです。

　「霊界の太陽」の方が「霊界の月」より格が上となりますが、これは当然でしょう。この世において、月は太陽の光を反射しているに過ぎないからです。しかし、「天界」「霊界」は正しい世界とされていますから、その「霊界」の中で月が輝いているというのは頂けません。というのも、月には魔力があるからです。

　『月の魔力』という有名な本がありますが、満月の時に事故や事件が多発することはよく知られています。新月や上弦・下弦の月の時も同様です。科学者は積極的に認めようとしませんが、引力の関係で月が人間にも大きな影響を与えていることは否定できません。実際に満月の時は出血がひどくなることが確かめられています。

　この辺の事情は昔の人も知っていたと見えて、英語の「Luna」（月、月の女神）の派生語である「lunatic」という言葉には、「精神病者、狂人」という意味があります。月の光を浴びると気が狂うと考えられていたのです。満月の夜に変身するという狼男伝説は、ここから生まれたのでしょう。こうした魔物は太陽の光に弱いので、吸血鬼ドラキュラのように朝日が出ると活動停止状態になります。

　スウェーデンボルグの「霊界」では、常に「霊界の月」が輝いている訳ですから、狂気の光が充ち満ちているということになります。この世と霊界では事情は異なりますが、月光が狂気と関係があること、そしてスウェーデンボルグが太陽と月を持ち出したところに引っかかるものを覚えます。

　錬金術などの秘教的伝統では、男女の性的秘儀を表す時、「太陽と月の結婚」という表現を用います。インドを発祥とする「タントラ」の技法で、仏教では「左道密教」として批判的に扱われることもあります。実はスウェーデンボルグも、この技法を実践していたようなのです。スウェーデンボルグの信奉者には些かショッキングな話ですが、イギリスのジョナサン・ブラックが著した『秘密結社版世界の歴史』（早川書房）には、こう記されています。

　　　「1744年7月、ロンドンの時計商ジョン・ポール・ブロックマーは、彼の下宿人に何が起こったのかと心配していた。スウェーデンの技師エマヌエル・スウェデンボリは、物静かで立派な人に見えたし、日曜日毎に地元のモラヴィア教会に通っていた。

　　　その彼が、今は髪を逆立てている。口から泡を吹きながらブロックマーを追いかけ回し、訳の解らないことを口叫びながら、メシアを自称しているようだ。ブロックマーは医者に行くように彼を説得したが、スウェデンボリは医者ではなくスウェーデン大使館に駆け込もうとした。だがどうしても入れて貰えない彼は、近くの排水溝へ走っていき、服を脱いで泥の中を転げ回り、群衆に金銭を投げた」

　ここには、巨人と言われたスウェーデンボルグ（スウェデンボリ）の奇怪な私生活の一面が暴露されています。。彼は神学的（神秘的）著作を書き始めた頃イギリスに滞在しており、その後殆ど故国に戻ることなく、ロンドンで客死しました。ここで描かれているスウェーデンボルグの姿は、紛れもない狂人です。そしてその原因は性的技法にあったのです。先の引用部分は、更に次のように続きます。

　　　「近年出版された、長年に亘る綿密な研究の成果である重要な書物の中で、マーシャ・キース・シュハードはスウェデンボリが極度の変性意識状態に到達するためにある種の性的技法を実践していたことを明らかにしている。その技法は、表向きはきちんとしたモラヴィア教会で教えられていたものであった。さらにマーシャ・キース・シュハードは、ウィリアム・ブレイクもまたこの教会で育てられ、この性的技法が彼の詩に霊感を与えたと述べている」

　「変性意識状態」は非日常的な意識状態のことで、幽体離脱などはこの状態で行われます。オカルト嗜好の人が追い求める状態ですが、変性意識状態自体には価値がありません。いかに高級神霊と交わって悟りを得るかが大事であり、変な世界へ出入りしたら悪因縁を作るだけです。ウィリアム・ブレイクは、イギリスの有名な詩人・画家であり、「幻視者」の異名を持つ風変わりな人物です。この二人は、同じ技法を使ってトリップしていたようです。

　ここに出てくる「モラヴィア教会」では、キリスト教版タントラを教えており、当時はカリスマ的な指導者ツィンツェンドルフ伯爵が教会を牛耳っていました。この伯爵は、聖なる行為としての性交を推奨し、絶頂の瞬間にお互いの中に聖なる流出を見るように指導したとされています。スウェーデンボルグは、この技法を学んだのです。ジョナサン・ブラックは、次のように説明しています。

　　　「スウェデンボリは、性的タントラを詳細に研究した。性的興奮を引き延ばすのには、心理的修行が必要である。次に、この引き延ばされた性的興奮を用いて、性的エネルギーを脳に向け、それによって霊的世界に到達する。それは狭隘な性的法悦ではなく、幻視的法悦である。……

　　　　明らかに、これらの技法は危険である―秘密にされた理由の一つがそれだ。スウェデンボリの大家が目撃した神経衰弱もそうであるし、また発狂や死の危険もある」（前掲書）

　タントラの技法は、低次のエネルギーを下から上へあげるというもので、一種の「下克上」が行われます。正しい在り方は、神的エネルギーが上から下へ向かうべきであり、これは方向が逆です。だからこうした技法は脱線しやすく、淫祠邪教に堕して「左道密教」と呼ばれたり、「立川流」として排斥されたのです。

　スウェーデンボルグがタントラを実践していたとなると、その教説も見直しが必要となります。大家のブロックマーの話から判るように、スウェーデンボルグが精神に異常を来していたことは明らかです。その上での幻視ですから、霊界情報にも疑問符が付きます。「霊界の太陽」と「霊界の月」の存在も、「太陽と月の結婚」という錬金術的な寓意と見なすべきなのかもしれません。つまり、男性原理と女性原理を表している可能性があります。

　スウェーデンボルグは霊界での結婚を重視しており、『結婚愛』という大部の著述もあります。これがタントラ思想で書かれたものであれば、字義通りには受け取れません。いずれにしろ、スウェーデンボルグが言う「霊界の太陽」なるものが、素朴な太陽信仰と相容れないことは間違いありません。実態の怪しい「霊界の太陽」より、人類に大いなる恵みを与えてくれる現実の太陽を信仰の主軸に据えるのが本筋と言えます。